大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)2115号 判決 1982年1月19日
控訴人(附帯被控訴人) 大阪厚生信用金庫
右代表者代表理事 森本武司
右訴訟代理人弁護士 米田宏己
岸崎昭徳
被控訴人(附帯控訴人) 杉山敏秀
被控訴人 杉山裕憲
右両名訴訟代理人弁護士 西尾悟郎
主文
本件控訴を棄却する。
附帯控訴人杉山敏秀の附帯控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担、附帯控訴費用は附帯控訴人杉山敏秀の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、本件控訴
控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
被控訴人ら
本件控訴を棄却する(なお本訴請求を、被控訴人杉山敏秀は二九〇万円、被控訴人杉山裕憲は一五〇万円および各金員に対する昭和五三年五月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を求める範囲に減縮した)。
控訴費用は控訴人の負担とする。
二、附帯控訴
附帯控訴人(被控訴人杉山敏秀以下被控訴人敏秀という)附帯被控訴人(控訴人以下控訴人という)は被控訴人敏秀に対し一〇七万二一〇〇円および内四〇万円に対する昭和五六年一月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
附帯控訴費用は控訴人の負担とする。
第一項につき仮執行の宣言。
控訴人
被控訴人敏秀の附帯控訴を棄却する。
附帯控訴費用は被控訴人敏秀の負担とする。
第二、当事者の主張、立証
当事者双方の主張、証拠関係は、次のとおり、附加、削除、訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1.原判決二枚目表七行目の次行に次のとおり附加し同八行目「三」を「四」に改める。
「三、ところで、被控訴人らは控訴人に対し、本件預金債権の弁済につき話合いによる円満解決を目指したが、控訴人は一方的に右話合いを拒絶し、不当に抗争するに至った。そこで被控訴人らは、やむをえず弁護士西尾悟郎に依頼して本件訴訟を提起し、かつ控訴に応訴せざるを得なくなった。
被控訴人敏秀は右訴訟代理人に対し、昭和五三年六月五日原審着手金二〇万円を、同五五年一二月一六日控訴審着手金二〇万円を支払うとともに、右同日報酬金として利益額の一三パーセントを支払う旨を約した。そうして本件訴訟物の価額四四〇万円に対し、訴訟の終了見込を昭和五六年四月二日とすると、遅延損害金は七七万円となり、その合計五一七万円に基づいて右報酬金を算出すると六七万二一〇〇円となる。したがって、被控訴人敏秀が控訴人の右不当抗争によりこうむった損害は、合計一〇七万二一〇〇円を下らないというべきである。
2.原判決二枚目表一〇行目「返還請求の日」を「弁済期」に、次行目「三一日」を「五日」に各改め、同枚目表一二行目「遅延損害金」の次に「と、被控訴人敏秀につき、不法行為に因る損害賠償債権にもとづき、一〇七万二一〇〇円および内四〇万円に対する支払いの日以後である昭和五六年一月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金」を加え、同枚目裏八行目「領知預金」を「通知預金」、三枚目表六行目「生野」を「出野」、同枚目一二行目「杉山敏孝」を「杉山敏秀」とそれぞれ訂正する。
3.原判決四枚目表二行目から同枚目表五行までの全文を次のとおり改める。
「請求原因一項の事実中、被控訴人ら主張のとおり通知預金口座が開設され、同口座に預金がされたことは認めるが、預け入れられた金銭はすべて被控訴人の当時の妻杉山初美(以下「初美」という)の所有であったから、右預金債権はいずれも初美に属する。
同二項は認める。
同三項中控訴人が被控訴人らとの話合いを拒否し不当に抗争した事実は否認する。その余は知らない。」
4.原判決四枚目表七行目「原告ら主張の預金は」を「仮に本件預金債権が初美に属さないとすれば、被控訴人敏秀に属する(一五〇万円の預金は同被控訴人が子である被控訴人裕憲の氏名を使用したに過ぎない)ところ、」に、同枚目裏五行目「山野」五枚目表八行目「生野」をいずれも「出野」にそれぞれ改める。
5.当審における立証<省略>
理由
一、預金者を被控訴人敏秀とする預金二九〇万円の通知預金契約および預金者を被控訴人裕憲とする預金一五〇万円の通知預金契約を控訴人深江支店(以下控訴人支店という)が締結したことは当事者間に争がなく、乙第二号証中弁論の全趣旨により成立の認められる領収書以外の部分によれば、右契約締結の日は昭和五三年四月一九日であることが認められる。
そうして、<証拠>によれば、被控訴人敏秀は昭和五〇年一月住友海上火災保険株式会社と保険金五〇〇〇万円の保険契約を結び(同被控訴人が病気であったため当時の妻初美が代ってその手続をした)、保険料四八〇万五〇〇〇円を自己の出捐において支払ったこと、その後同五三年四月同被控訴人は右保険契約を解約し、解約金四四二万五〇六〇円の払戻を受けたこと、ところが、右払戻金は初美の妹の夫出野靖夫の工作で控訴人支店の出野名義の普通預金口座に振り込まれたので、被控訴人敏秀は同月一九日出野を同道して控訴人支店に赴き、出野に右普通預金口座から四四〇万円の払戻しをさせたこと、被控訴人敏秀は、その場で右金員のうち二九〇万円を自己名義の本件通知預金として預け入れ、また長男である被控訴人裕憲のこれまでの働きと喫茶店を開く計画等を考慮し、かねてから同被控訴人に一五〇万円を与えることとして同被控訴人のため預金をしておく旨約していたので、同被控訴人に代り、同額を被控訴人裕憲名義の本件通知預金として預け入れ、控訴人支店から各被控訴人名義の通知預金証書の交付を受けたことが認められる。<証拠判断省略>。
右事実によると、本件各通知預金の預金者は預金名義人たる各被控訴人であると認められる。被控訴人敏秀が昭和四七、八年から三、四年間入院し、その間初美が賃料の取立をはじめ被控訴人敏秀名義の財産の管理にあたってきたことは前掲証拠により認められるが、右事実から直ちに本件預金債権が初美に属するものと解することはできない。
二、控訴人支店が本件各通知預金の証書を持参した初美に対し、その預金の払戻をしたこと、その当時初美は被控訴人敏秀の妻であり、同裕憲の母であったことは当事者間に争いがない。控訴人は当時初美に被控訴人らを代理して払戻を受ける権限があったと主張するが、右主張を肯認し得る証拠はない。
三、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1.控訴人支店はかねてから出野靖夫および同人を代表者とする株式会社幸伸工業との間で控訴人支店外交員小川正明を担当者として取引を続けていたが、出野は昭和五三年四月一六日ごろ小川に対し、近々大口の定期預金をすると言った。その直後一に説示するとおり保険契約の解約による払戻金の出野名義の預金口座への振込、預金の払戻、本件通知預金の預け入れがなされた。
2.同年四月二〇日初美は控訴人支店店頭に前日預金されたばかりの本件各通知預金の証書を持参して、届出印鑑の改印を申し出た。預金係の高木直吉は届出印鑑を持参していないことを理由に一旦これを断ったところ、初美は出野を控訴人支店からの電話口に呼出し、出野は自己の氏名を名乗らないまま改印につき便宜をはかれ、さもないと取引をやめると烈しく高木を叱責した。そこで高木は外交員の小川に相談したところ、小川は前記経緯から出野が本件通知預金の預金者で、それ故に高木を叱責をしたものと誤信し、高木と共に出野に謝罪をし、同人の改印意思を確認すべく株式会社幸伸工業に赴いた。高木は出野とは初対面であったが、小川からその人が本件各通知預金の預金者であると聞き、そのように思い込んでいたため、同人に対し、本件各通知預金の預金者であるかどうか、預金名義人との関係について全く確めないまま謝罪し、同人から再び改印について便宜をはかるよう要請された。
3.翌二一日初美は控訴人支店にあらためて杉山敏秀と刻んだ印鑑を持参し、改印請求をしたところ、高木は何故改印を急ぐのかという点についてなんら考慮しないまま大口預金の顧客を失うことをおそれるの余り、改印の際に控訴人の職員が行うべきものと定められている旧い届出印鑑の提出または保証人による保証、更に預金者本人に対する照会状による改印意思の確認等の正規の手続によることなく直ちに右持参の印鑑による届出印鑑票を新しく作成し、しかも控訴人支店においては改印届受理後も旧い届出印鑑票を保管しておくものと定められているのに、高木は被控訴人らの各届出印鑑票を破棄し、右手続を終えた。そして同日初美は再び控訴人支店に至り高木に本件通知預金証書二通および改印届済の印鑑を差出して預金の払戻請求をし、即日初美にその払戻がなされた。なお、そのうち三〇〇万円は出野名義で更に預金された。
以上の事実が認められる。<証拠判断省略>。
右事実によると、初美は、本件通知預金証書および(改印)届出の印鑑を持参して右預金債権の行使をしたのであるから、右債権の準占有者にあたるものということができる。そうして、かかる準占有者に対する弁済が有効となるためには、弁済者が善意かつ無過失であることを要するところ、前記事実によれば、控訴人支店の預金係高木は初美に本件通知預金の払戻を受ける権限があると信じてその払戻をしたことが推認されるけれども、高木は顧客を失うことを懸念するあまり、預け入れた日の翌日から改印を強行しようとする客の態度に不審を抱かず、預金名義人でない者を預金者としてその者に改印の意思を確かめ、控訴人における正規の改印手続によることなく改印届を受理し、その日に改印届の印鑑による払戻の請求を受けてこれに応じたのであるから、高木が右手続をとるについて無過失であったとは到底認め難い。控訴人の職員において出野を本件通知預金の預金者であると誤信したことが、保険解約金の出野の預金口座への振り込みとこれに続く右口座から本件通知預金口座への入金、出野の定期預金に関する言辞など前示の事実に基因するとしても、被控訴人敏秀は自身来店して預金契約をしているのであり、右事実のみでは、預金名義人である被控訴人らに改印の意思を確認することなく容易に改印の届出を受理した点において、金融機関の職員として注意義務を欠くとの非難を免れることができない。
したがって、控訴人の初美への払戻は弁済の効力を有しないというほかない。
四、次に、控訴人は被控訴人らが初美に対し、本件預金払戻金の返還を強く求めていないことからみて、被控訴人らにおいて初美の無権代理行為を追認したというべきであると主張する。しかし、原審における被控訴人杉山敏秀本人尋問の結果によると、右返還を強く求めていないことは窺えるがこのことから直ちに追認の事実を認めることはできないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
五、請求原因二項の事実は当事者間に争いがない。そして前掲乙二号証中領収書以外の部分によれば、本件通知預金の払戻については二日以前に予告すべきものと定められていることが認められるから、本件通知預金債権はいずれも昭和五三年五月四日弁済期が到来したことになる。
六、次に不法行為に基づく損害賠償の請求について検討する。
前記事実、殊に、保険解約金が出野の普通預金口座に振り込まれ、その一部が払戻されて本件通知預金となり、更にその払戻金の一部が出野名義の預金となるという一連の金銭の動き、本件通知預金払戻当時初美が被控訴人敏秀の妻であり、出野がその妹の夫であったこと、被控訴人敏秀が初美に右払戻金の返還を強くは求めていないことなどの諸事情に徴すると、被控訴人らの親族間の内部事情を容易に知り得ない控訴人としては、果して被控訴人らが本件通知預金債権者であるのか、あるいは初美に右預金払戻の権限がなかったのかという点に強い疑問を抱き、訴訟手続による事案の解明を期待して、被控訴人らの主張を争うのも無理からぬことであり、被控訴人らの権利行使をことさらに妨害する意図で抗争しているものとは認め難く、他に右抗争について不法行為の成立を認めるに足りる証拠はない。
七、以上の次第で、控訴人は被控訴人両名に対し、それぞれ請求の預金額の金員とこれに対する弁済期の翌日である昭和五三年五月五日から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をすべき義務があり、被控訴人敏秀の本訴請求は右の限度において理由があるがその余は失当であり、また同裕憲の本訴請求は全部正当として認容すべきである。
よって、控訴人の控訴は理由がない(当審において被控訴人らは遅延損害金の起算日を昭和五三年五月五日に改め請求を減縮した)からこれを棄却し、また被控訴人敏秀の附帯控訴も理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 丹宗朝子 蒲原範明)